低熱膨張金属は、温度変化による膨張率が低い金属です。高温環境下でも寸法安定性を維持できるため、精密機器や特定の工業用途での需要が高まっています。低熱膨張金属にはインバーやコバール、42アロイなどがあり、それぞれの特性に応じた用途があります。この記事では、低熱膨張金属の特徴や種類、用途、切削性、そして切削加工時のポイントについて詳しく解説します。
低熱膨張金属とは熱膨張率が低い金属のことで、熱による膨張、もしくは冷却による収縮が起こりにくい金属素材を指します。ここでは、低熱膨張金属の特徴や種類、用途について解説します。
低熱膨張金属にあたるのは、インバーやスーパーインバー、コバールなどのニッケル鉄合金(Ni-Fe)です。ニッケルと鉄の合金は、常温付近での熱膨張係数が極めて小さいことが知られています。これは、原子の振動による熱膨張と磁気による熱膨張が相殺されていることによるものです。
インバーをはじめとする低熱膨張金属は強磁性であり、温度変化によって電子のスピン状態も変わります。電子のスピン状態は電子間の距離に影響し、温度が上昇するにつれて電子同士は近づきやすくなって収縮しようとしますが、原子間は逆に膨張します。それぞれの効果が相殺されるため、結果的に寸法変化がほとんど起こりません。
低熱膨張金属とは、温度変化に伴う熱膨張が少ない特性を持つ金属を指します。この特性により、多様な用途での活用が可能となっています。以下に、主要な低熱膨張金属の種類とその特性について解説します。
鉄に36%のニッケルを加えたものが「インバー」で、温度変化による寸法の変動が極めて小さい金属です。ニッケル以外の成分として、0.7%前後のマンガンと0.2%未満の炭素も含有しています。30~100℃の温度範囲における熱膨張係数が2.0 × 10-6/℃以下とかなり低く、鉄のおよそ1/10です。インバーは厳しい寸法精度が求められる精密部品に適しています。
さらに寸法が変化しにくい「スーパーインバー」(30~100℃で熱膨張係数1.3以下)もあります。スーパーインバーの主成分は鉄63.5%、ニッケル31.5%、コバルト5%で熱膨張係数は鉄の1/100以下です。
インバーと同じく、「コバール」も鉄とニッケルをベースにした合金です。コバールには名称の由来となっているコバルトが配合されています。主成分の組成は、鉄53.5%、ニッケル28.5~29.5%、コバルト16.8~17.8%です。コバールの熱膨張係数は4.6~5.2 × 10-6/℃(30~400℃)で硬質ガラスやセラミックに近いことから、これらの材料と組み合わせる用途に向いています。また、コバールは熱伝導率が低く、耐熱性が高い金属です。導電性にも優れるため、半導体用のリードフレームとしても活用されます。
「42アロイ」は、ニッケルを40~42%含んでいるFe-Ni系合金です。熱膨張係数が4.0~4.7 × 10-6/℃(30~300℃)の範囲にあり、コバールと同様に硬質ガラスやセラミックの値に近似しています。この特性により、ICリードフレームや電子管封着のほか、ジュメット線の芯線に利用されています。ジュメット線は、白熱電球や冷陰極蛍光ランプ、ダイオードなどの軟質ガラス封止部の導電部材です。
インバーは温度変化によって寸法が変動すると不都合が起こるような精密機器に使用されます。半導体製造装置や精密検査装置、光学装置などが代表例です。
インバーのような低熱膨張金属と熱膨張する金属を貼り合わせ、温度変化によって曲がるようにする活用法もあります。これを「バイメタル」といい、サーモスタットや温度計に活用され、アイロンやヘアドライヤー、炊飯器などの動作制御や温度調整に役立っています。さらにインバーは極低温環境でも安定しているため、LNGタンクなどの液化ガス関連の設備・器具にも有用です。
コバールや42アロイは硬質ガラスやセラミックに近い熱膨張係数を持っているため、ICリードフレームのハーメチックシールやトランジスタのリードキャップ、水晶振動子のケースなど、封着用途での使用が一般的です。電子管や電子部品の接合部材としても利用されています。
熱膨張率が低い素材をまとめて「低熱膨張材料」といいます。ここでは、低熱膨張金属とよく比較される材料を紹介します。
タングステンは融点が3410℃と高いため耐熱性に優れるほか、電気抵抗率の大きさ(5.4 × 10-8Ωm)や比重の大きさ(19.3g/cm3)が特徴です。さらに、熱膨張係数が4.3 × 10-6/℃と非常に低く、インバーが開発される前はタングステンも低熱膨張金属のひとつとして利用されていました。しかし、インバーと比較すると非常に高価なため、限定的な範囲で用いられる程度でした。一方、インバーは安価な上に電気伝導性や溶接性といった特性にも優れるため、幅広い用途で活用されています。
モリブデンの熱膨張係数もタングステンと同程度に低く、4.9 × 10-6/℃です。高融点金属でもあるため高温環境下に強いのですが、低熱膨張金属としてはインバーなどに比べてコスト面で劣ります。
ニッケル含有率99%以上の金属を純ニッケルと呼びます。耐食性や強度、延性に優れるほか融点も高く、強磁性体です。ニッケルと鉄を適切な配分で合金にすることで、インバーやコバール、42アロイのような低熱膨張金属が得られます。しかし、純ニッケル自体の熱膨張係数はそれほど低くはありません。
非金属物質の中にも、セラミックのように膨張係数が低い材料があります。特に工業用に開発されたファインセラミックスは機能性が高く、窒化ケイ素(SiN)や炭化ケイ素(SiC)が代表的です。これらのファインセラミックスは硬度と耐熱性、耐薬品性に優れ、さらに軽量であるため、低熱膨張金属と異なる用途でも採用されています。逆に金属としての性質、たとえば電気伝導性やハンダ適性、弾性、溶接性などが求められる場合には、低熱膨張金属のほうが有用です。
低熱膨張金属であるインバーやコバールなどは加工が難しいため、加工性を向上させた新素材の研究も進められています。そのひとつが「低熱膨張鋳鉄」で、インバーに匹敵する熱膨張係数(2.0 × 10-6/℃以下)を有する鋳鉄材料も登場しています。大型の部品や複雑形状の部品のように、従来の低熱膨張金属では対応が難しかった用途への活用が期待されている金属素材です。
SUS304は鉄にニッケルとクロムを配合した、オーステナイト系ステンレスです。鉄とニッケルはインバーやスーパーインバーの主成分ですが、これらの合金と違ってSUS304は低熱膨張金属には含まれません。成分の配合割合が異なり、熱膨張係数がそれほど低くはないためです。SUS304は安価で扱いやすいことから、ステンレス鋼の中でも流通量が多く、幅広い分野で使用されています。
低熱膨張材料の比較 | |||
物質名 | 密度(g/cm3) | 熱膨張係数(10-6/℃) | 融点(℃) |
インバー | 8.0 | 2.0以下 | 1426 |
コバール | 8.35 | 4.6〜5.2 | 1450 |
42アロイ | 8.15 | 4.0〜4.7 | 1430 |
タングステン | 19.3 | 4.3 | 3410 |
モリブデン | 10.2 | 4.9 | 2625 |
純ニッケル(99.9%) | 8.9 | 13.3 | 1455 |
窒化ケイ素/SiN (ファインセラミックス) | 3.2 | 3〜3.5 | 1900 (昇華) |
炭化ケイ素/SiC (ファインセラミックス) | 3.1 | 4〜4.5 | 2700 (昇華) |
低熱膨張鋳鉄 | 各種鋳鉄材料によって異なる | ||
SUS304 | 7.93 | 16.3~17.3 | 1398~1453 |
※SUS304の熱膨張係数の値は、25~100℃の範囲
低熱膨張金属の切削性は良くないため、インバーやコバール、42アロイは難削材とみなされています。工具が傷みやすく、切削に時間がかかることに注意が必要です。低熱膨張金属の切削性には、以下の3つの問題が大きく関わっています。
・熱の問題
低熱膨張金属は熱伝導率が低く、放熱しにくい素材です。切削中に工具の温度が上がりすぎてしまい、刃先が欠けたり劣化したりするおそれがあります。
熱伝導率(W/m K)(20℃) | |||
低熱膨張金属 | その他の金属 | ||
インバー | 10.6 | アルミニウム | 204 |
スーパーインバー | 10 | 純鉄 | 67 |
コバール | 16.7 | 炭素鋼 (1C) | 45 |
42アロイ | 14.6 | チタン | 17 |
・切粉の問題
低熱膨張金属は粘度と延性が大きく、工具との親和性も高い金属です。これは主成分となっているニッケルの特性によるもので、切削時には切粉の溶着に注意しなければなりません。工具寿命を縮めると同時に、加工精度も下げるリスクがあります。
・加工硬化の問題
加工硬化とは、金属を塑性変形させると硬くなる現象のことです。材料の硬さが増す一方、脆くなって割れや破断が発生しやすくなります。低熱膨張金属の切削加工では、工具を傷める原因ともなるため注意が必要です。
低熱膨張金属を切削する際は、熱や切粉、加工硬化の問題を解決することが重要です。以下に、それぞれの問題への対策方法を紹介します。
・熱問題の対策
切削速度、または送り速度を遅くすると熱の発生を抑えられます。速度を遅くする代わりに切り込み量を大きくすれば、作業効率はそれほど落ちません。ただし、遅くしすぎると溶着が発生しやすくなるため、適切な速度を模索する必要があります。クーラントを使って冷却するのもよいでしょう。
・切粉の対策
低熱膨張金属と親和性が低いサーメット工具を選択すれば、切粉の溶着を防げます。また、すくい面が鏡面になっている工具や、すくい角の大きい工具も切粉を排出しやすいです。冷却用クーラントで切粉を流すのも、溶着を防ぐのに役立ちます。
・加工硬化の対策
切削時の熱発生と塑性変形を防ぐのがポイントです。刃の角度を調整したり、ねじれ角を強くしたりすることで加工硬化の対策ができます。送り速度・回転速度などの切削条件の見直しや、潤滑剤を使用するのも有効です。